ピアスの穴

育児に感けてオシャレを怠っていたらピアスの穴が埋まってしまった。
両耳のピアス穴、生真面目なことに高校を卒業してから姉にピアッサーで開けてもらったものだ。髪の毛を初めて染めたのも高校を卒業してから。真面目というか、単に怒られたりする時間がもったいないと思っていた。オシャレは後でできるからなどと、絵ばかり描いていた。
しかし高校を卒業してからもなかなかイモっぽさ、すなわちイナカモノくささが抜けず、どうしたものか考えあぐねていた。これが服装的なものなのか、化粧っ気のなさによるものなのか、あるいはヘアスタイルなのかアクセサリーなのか、それとももはや総合的な貧乏くささによるものなのか、まぁ概ね答えは見えていたけれども改善するには地道に一つずつ買い揃えて行くしか方法はなかったのである。

このオシャレ買い揃えスタートは人より出遅れていたと思うが、その中の一つ、アクセサリーの中でもピアスには前々から興味があった。痛みの伴うオシャレというのはなかなかハードルの高いものがあったのだが、姉が開けているのを見て、当時ピアスっぽく見えるイヤリングを選別して着けていた私は「姉にできるなら私にも」と、その気になってしまったのである。
しかし自分で開けるようなそこまでの勇気はなく、ピアッサーの買い出しから姉に付き合ってもらい、とりあえず両耳とも誕生石であるトパーズカラーの石がついたものを選んで姉にトリガーを託すことに。 とにかく痛いのが嫌いなチキンの私は、耳たぶを何度も鏡で確認しマキロンで消毒を施したり、氷水で入念に冷やしたりして準備した。右耳と左耳、ふたつの穴を開けるのはとても長い時間に思えたが、開けるのは一瞬。開けた後はただジンジンとした感覚が残っていた。私は終始泣きっ面というか、マラソンの最後の方のような顔になっていたと思う。こうして芋っぽさが一つずつ消えていく。そんな感じであった。

そんなしょうもないピアスデビューを飾りつつ、市販の消毒液などで日々ピアスの穴を維持してきた。今ざっと数えても10以上のピアスが家にあるので、1年に1つ以上のペースで増えていった計算になる。仕事帰りなんかにシャレオツなお店に寄っては、自分で気に入るピアスをお財布と相談しながら慎重に探し出して買ってみたりもしたが、中には材質が耳に合わず、ジクジクになってしまったものもあった。また、何人かの女の子からピアスをプレゼントされたこともあるが、何故か男からはプレゼントされないのが私の特徴。男から一切見向きもされない小さなふたつの穴を、これまで何年間も大事に守ってきたというわけなのである。

そんなピアス穴も、穴主である私が出産育児という未知の世界にダイブしてから、大分放置されてしまっていた。仕事帰りというものがないのでオシャレタウンに繰り出すこともなくなって、穴たちはスッカリ当時のスムーズさを失い、左耳にいたっては出血してもピアスが通らなくなってしまった。
こいつはいかん。今となっては芋っぽさなどどうでも良いのだが、女の子たちにいただいたピアスが両耳用なので、これでは育児が落ち着いてからオシャレしようにも着けられないではないか!
そう思った私は、左耳用のピアッサー(今回は誕生石は関係のないルビーカラーの石のついたもの)を買いに行き、再び姉に開けてもらうことにしたのであった。
そうは言ってももう住まいは別々。なかなか車で30分ほど距離のある姉の家にお邪魔する機会がなく、そうこうしている内に右耳のピアス穴まで塞がりかけてしまった。家にあった安全ピンでなんとか右耳のピアス穴を死守したわけであるのだが、そこまでしたならば左耳も自分でやれるのではという疑問も少なからず湧いてきましたがまあまあそこはスルーでお願い致したく存じます。

先日、ようやく姉の家にお邪魔する口実ができたので、着いて早速ピアッサーを渡して頼むと、姉本人は昔私のピアス穴を開けたことをスッカリ忘れてしまっていた模様。えー怖い〜今やるの?などと言いつつ、早く済まそうと逆に私が急かされる。あの時と同じように耳たぶを消毒をして氷水で冷やし、トリガーを引いてもらった。今回は片耳で済んだせいなのか2度目という経験がもたらすものなのか、かなりあっけなく終了したような感じがする。それでも私は終始泣きっ面というか、マラソンの最後の方のような顔になっていたと思う。
そんなわけで、しょうもない話ですが第二のピアス人生の始まりです。右耳はこれからもよろしくといった感じですが、左耳にはドキドキとした新鮮な感覚があるのでした。

カテゴリ:日常・人生
梅干甘太郎 webmaster@umekan.net