自分にしかできないこと

皆さんは、「自分にしかできないこと」と聞いて、何を思い浮かべますか?
何か平均から抜きん出た得意分野でしょうか?
クリエイティブなものでしょうか?
イエスであり、ノーでもあります。
確かにそうかもしれません。でも、スポーツが得意な人だって数え切れないほどたくさんいますし、絵を描くのが上手な人も数え切れないほどたくさんいるのが現実です。
それらを見つめると、我々はしばしば虚しく感じたりすることがあります。

ですが、これらをもっと平たく言うことができます。
「自分にしかできないこと」。
それが、「想像」と「経験」です。

人は、身の回りのこまごまとしたものを誰かにやってもらうことができます。
仕事、炊事、洗濯、清掃、買い出し…さらに身支度も、ご飯を食べさせてくれるのも、お風呂も、生まれたばかりの赤ん坊はママにやってもらうことができますし、寝たきりの人もそれをやってくれる人がいたり、機械に手助けしてもらえたりします。
我々は、実に日常生活のほとんどのことを誰かに預けることができるのです。
先ほどの例のように、スポーツが得意な人も、絵の上手い人もたくさんいます。
これが、いわゆる「代わりはいくらでもいる」というものです。

ですが、どんなに小さい赤ちゃんでも、その赤ちゃん自身が想像している世界を誰も経験することはできません。
ご飯をいくら食べさせてもらっていても、美味しいなあとか、ちょっと硬いなあとか、そういう感覚を代わりに経験することはできません。
どんなに周りの助けがなければ生命を維持できないような人も、その人が経験している人生を経験することはできないのです。

それこそが、我々一人一人ががユニークである(唯一である)ということの証です。

話は変わって、この宇宙全体の物質エネルギーのうち、実は人類が見知ることができる物質の大半は4%ぐらいでしかなく、残りの74%が暗黒エネルギー、22%が暗黒物質と言われています。

宇宙の大部分がなんの手ごたえもない、なんの反応も得られないってすごいことじゃないですか?
普通、なんの手ごたえも反応もなければ、自信なくしちゃいますよ?
それでも、確かに「ある」のです。

つまり、こうも考えられます。
今我々がいる物質界で証明できないものの一つ、それが想像や経験です。

もし、あなたが他者評価に頼った見方で生きているとします。
一つものを買うのも、レビューを見て決めようとします。
服もなるべく人様から見て恥ずかしくないものを選択しようとします。
するとどうでしょう。ただでさえ物質界で誰も証明することのできない不確実なものを頼るわけですからすでに十分不安なのに、さらに自分自身の想像や経験ではなく、代われない誰かの想像や経験を頼りにすることになりますので、常に不安が付きまといます。

「自分はこれで合っているのか?」
「果たしてこれでいいのだろうか?」

自分の存在がユニークであるからこそ、誰かのせいにしたり、誰かの意見に傾倒することで安心感を得ようとしますが、そうした他者評価に頼ることは、さらに不安を増幅させます。

我々は一人残らずユニークな存在です。さまざまに想像を膨らませたり、実際に経験することは、誰にも代われません。
ユニークである自分の想像の力と経験の力を信じる、すなわち自己評価を高めていくことでしか、人生は「自分にとって」価値あるものにはならないのです。

「代わりにやってもらえるもの」は、この際、思考からどんどん手放していきましょう。
そして、自分が「経験」したいことを「想像」するのです。

どうかユニークである人生を喜んでください。
自分にとっての嬉しい想像を、自分にとっての嬉しい経験をいつも基準にしてください。
ワクワクするような想像、ウキウキするような想像、ときめくような想像…
それらは誰にも干渉されません。誰も代わりにやれません。
それを決して不安ではなく、とても素晴らしいことであると、どうか誇りに思ってほしいのです。
カテゴリ:日常・人生
梅干甘太郎 webmaster@umekan.net