木を見て鳥を見ず

先日、こんなことがありました。
お仕事でお宅を訪問していると、門の近くの生垣の中から、何やらカサカサと物音がするのです。
私は初め、木としか認識できていませんでしたが、ふとピントを木の枝葉の奥のほうに合わせることができました。
すると、物音の主であるかわいらしい小鳥の姿をとらえることができ、しかもそれが思ったよりもずっと近くにいることがわかったのです。
その時、単なる木というピントが、完全に小鳥の隠れ家に映りました。

そして私はこう思ったのです。日常生活において、どこにピントを合わせるかということがどれだけ重要なことか?と。
今まで木を見て鳥を見ずにいたのが、鳥を見つけることができた瞬間、世界にとても奥行きを感じられました。
この世界は実に多様な階層に分かれていて、私が感じている世界はほんの一階層に過ぎないのではないか?ということです。

皆さんは、昔流行った「立体視」という絵をご存知ですか?
一見、何の意味もないランダムな柄が、あるポイントに焦点を定めることによって、それまで見えなかった動物や人物などの立体的な絵が浮かび上がるというものです。
立体視は今でも人気がありますので、ご存知ない方は本屋さんに行って、ぜひこの不思議な感覚を体験してみてください。
それができた時、普段ピントを合わせている世界がどれだけ平面的なものであるか、衝撃を受けると思います。

テレビのチャンネルも、悲惨なニュースを伝える裏で、輝かしいスポーツ選手を映し出すチャンネルがあるように。
本当は、見たいチャンネルにいつでも変えられるのではないか?
本来我々が生まれつき標準で備わっている、「リモコン」の操作がよくわかっていないだけで、見たいチャンネルに意図的に合わせることができないでいるだけではないか?
そうかもしれませんよ。
少し練習すれば、きっともっと上手く切り替える事ができるようになりそうです。
多層的な世界、これを意識する事が今後の人生の中で重要になると感じました。

悲しい世界。
恐ろしい世界。
深刻な世界。
確かにあるかもしれません。

けれど同時に、
希望あふれる世界。
満たされた世界。
面白おかしい世界。
なんてのも並行してあるんじゃないでしょうか?

そして、どれを選択するかは、誰でもなく、自分で決めていいのではないでしょうか?

木を見るか、鳥を見るか。
この目で見る、自分で決めるのです。
カテゴリ:日常・人生
梅干甘太郎 webmaster@umekan.net