坩堝の電圧/くるり 感想

くるりの新アルバム「坩堝の電圧(ぼるつ)」の感想。

以前までのアルバムは音を学ぶと書いて「音学」であるとするならば、このアルバムは音を楽しむと書いて「音楽」であると言えるのではないか。くるりの音学は特に「THE WORLD IS MINE」以降のアルバムに顕著であるが、長らく学問を経て、音楽が解き放たれたような感覚がある。よって、前作までのアルバムと比較することは何の意味も持たないだろう。

くるりという息子がいると例えるならば、彼はずっと家に帰らずに音楽の勉強に明け暮れ、しかし必ず定期的に仕送りをしてくる律義なやつであった。彼は勉学の成果を「アルバム」という形で私の何もない家に送り届けてくれていたわけだが、今回は違った。なんと、彼はこの何もない家に帰ってきてしまった。しかも、とんでもないものを引っ提げて。今までの音はどこか遠くの街、遠くのお山、遠く離れた世界から聞こえてくるようで、各地から届けられる音楽はくるくると変容し、多彩で奥深いがどこか意識の遠のくような音でもあったりもした。しかし、今回はなんということか、これまでのすべての学びを結集し、目の前で鳴らされているではないか。それはとてもダイレクトに伝わる刺激となって、身体中を駆け巡るのであった。

という妄想。各曲の感想はまたの機会に書ければ書きたい。

カテゴリ:音楽
梅干甘太郎 webmaster@umekan.net